田端屋の名前の由来って?!

こんにちは! 

妙高杉野澤 旅館田端屋 女将の加藤宏枝です!

お宿のほうは3月に入り、春スキー真っ盛り!

でも、あと2週間で、今年のスキーシーズンも終わってしまうんですよね~ 今年の冬もたくさんのご縁を頂きました♪

あと2週間!

今年は本当に雪が多いので、最後までたっぷり楽しめますよ~♪

妙高杉ノ原スキー場は、3月26日(日)が最終日です。

今年のラストスノーはぜひ妙高へどうぞ~♪

ところで、よくお客様から、 「女将さんって、苗字は、田端さんじゃないんですね?」 と言われます。

私たちは「加藤」が苗字なのですが、 「田端屋」という、いかにも苗字みたいな屋号なので、

そう思われるのも不思議ではないと思います。

この「田端屋」という屋号がなぜついたのか?

実は私たちもよくわかりません。

おばあちゃんに聞いたら、

「田んぼの端だったからだよ~アハハ~」

って言われたんですけど(笑)

でも、田んぼの端なんて、どこもそうでしょ~? 実は、 私たちのご先祖様は、今の場所に来るまでは、赤倉温泉でお宿をやっていたそうで、

なんでも、赤倉の加藤家といえば、 江戸時代に高田藩から、温泉奉行を任される赤倉御三家の一つというような家柄だったそうなのです。 なので、今でも、お墓は赤倉にあります。

そして、更にその前、 ご先祖様が赤倉の来る前の、

もともと高田城の御城下にあった、お屋敷の場所が、 田端町?だったらしいのですが、 これも、本当かどうか、今ではよくわかりません。 やっぱり田んぼの端だったのかしら?(笑)

でも、そんなご先祖様が、なぜ、今の杉野沢にやって来たのか?

何か事情があったのかもしれませんが、

こちらも、はっきりした事はわかりません。

ですが、

赤倉という、古くからの湯治場として栄えている、安定した場所から飛び出して、 当時は温泉も湧いていなければ、当然今のようなスキー場もない、 この杉野沢という全く新しい場所で、あらたにお宿をやろうと思った、 今から112年前の、 ご先祖様のチャレンジ精神には、本当に頭が下がる思いです。 私自身も、県境を越えた長野県の信濃町から、こちらに嫁いできたのですが、 その時の私も、 すご~いチャレンジ精神あったな~♪(笑) でも、ご先祖様に比べたらまだまだです。 よ~し、 私も、もっともっと頑張りますよ~! ご先祖様! 今までお守りいただき感謝いたします! これからも、益々宜しくお願いしますね~♪

妙高~黒姫女将同盟の仲田恭子さんと一緒に、ちょっと一息、温泉まで来てます。

サマンサ田端♪のバッグを自慢しちゃいました~(笑)

このバッグ、今セレブの間でとっても人気だそうですよ~♪

ホントかしら~(笑)

田端屋の、屋号の理由は今となってはわからなくなってしまいましたが、 私は田端屋が大好きです~♪

あらためまして、

田端屋LOVE!の女将でした~♡

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